気になる昔の海外放送 8
1971年4月28日、パリ見本市でおこなわれた公開放送以前には、手紙は体験や不安を語っていたが、その後の手紙になると、大部分が自らの主張を言い表わしている(さらに、きわめて多くの場合、妊娠中絶に好意的である)。
この個人的体験から普遍的社会的な問題意識化への発展はきわめて急速かつ突然です。
けれどもそうした発展は、放送についてはふさわしい表現を見出していません。
メニー・グレゴワールは、私的なものから公的なものへの困難な移行、つまり沈黙した「女らしさ」から、自らの悲しみを明瞭にできる「女らしさ」への移行が行なわれ得る場を作り出しました。
こうして彼女は、公的なものから祉会的なものへというもう一つ別の移行、つまり、それにふさわしい言葉を与えることはできないけれども、結局のところ「女らしさ」から女権拡張論への移行を可能にすることに貢献したのです。